おはようございます。
まさみブログ「本気の扉」(4月10日)をお届けします。
◆人間はちっぽけな存在、だから一生懸命生きる
人間だけの頭で考えると、医学が進んだり科学が進んだり、いろんな技術が進んだりして、宇宙にも行けたり、月にも行けたり、すごいことができるような錯覚が起きますけれど、目にも見えない小さなウィルスでどんどん人が死んでしまうわけですね。
そのくらい人間とは、自然界に対して、ちっぽけな存在であるということです。
だから、一生懸命生きるということが大事なんですね。
すべての仕組みは、神様という目に見えないご存在とともにあります。
人間如きのこのちっぽけな能力では、どうにもならないことが、宇宙のなかに、自然のなかにたくさんあるということです。
それをいつも感じているということが、とても大事だと私は思います。
人間とはほんとにちっぽけな存在なのだと。知っていれさえすれば、忘れさえしなければ。
津波だってそうですね。あの津波であっという間に、ほんとに数えきれない人の命が亡くなりました。一瞬です。
そういう大自然の動きを起こしてる神様というご存在が、遥か遥か空の上にあって、いろいろな宇宙的なバランスのために、いろんなことを起こす。
自然発生的に起きることを止める場合もあれば、止めない場合もある。
そういう人間の力の及ばないことがたくさんあるのだということがわかっていればこそ、だからこそ、このちっぽけな命を、ほんとに一生懸命生き切らないと、生かされているのがもったいないね、というところに繋がります。
いつもいつも、お話してることですけど、誰だっていつ死ぬかわからないです。
別にウィルスのせいだけでなく、交通事故だって、突然トンネルの壁や天井が落ちてきたりとか。1秒前に通り過ぎた車は助かって、1秒後の車に乗ってた家族全員死んじゃうとか。そんなことはもう毎日起きてることですね。
予測してないことが、そうやって日々のなかで起きていくので、だからこそ1分1秒をボーッとしないで、はっきりとした意識で、自分が今生きている、命がまだあることを、大切にする。
一生懸命脳味噌もフル回転、体も使って、好きなことも嫌いなことも、同じくらいのパワーをかけて一生懸命頑張ることが、とても大事ですね。
筋肉と一緒です。好きなことばっかりやっていれば、体は強い方ばっかりの筋肉で動かされる。
そうすると、どんどんどんどん歪みます。
強い筋肉だけで体を使うようになって、若いうちはいいですけど、その癖が、筋肉がバランスを失い続けた結果、ある時突然歩けなくなるとか、走れなくなるとか、ということが起きますね。
それと同じように、頭のなかも一緒です。
好きなことだけやっている頭は、そういう偏った使い方で、好きじゃないこと、苦手なこと、うまくいかないこと、嫌いなことに対しての想像力が育たない。
大きく考えると、人間同士の心のなかもよくわからない。コミュニケーションも上手にとれない。
人間が自然のなかの一部で、自然というのはほんっとに偉大なんだってことが、わからなくなってくる。
その自然を動かしている、宇宙そのものを動かしているご存在というものがあるっていうこともわからなくなってくる。
嫌いなこと、苦手なこと、やりたくないこと、上手にうまくいかないことも一生懸命頑張ると、好きなことがもっともっと上手になるんです。
そういうひとつのことから、たくさんのことに繋げて、それも繋げるだけじゃなくて、できるだけ広く大きく、いろんな角度からものを考える練習を毎日していくと、自分自身の人生がいろんな意味でほんとに豊かで、誰が見ても素敵だねって、優しいね、綺麗ね、っていう。 頑張ってるねって、いう人になっていきます。
ヨーガのアーサナの嫌いなポーズ、苦手なポーズ、できないポーズも、そのなかのひとつですね。
それを嫌々じゃなくて、絶対できるようにするって決める気持ちは、いまお話したことのなかに含まれています。
アメイジング・ヨーガ教室
シャンティパット主宰 紙や まさみ
2020年4月1日(水)朝のレッスンで